レビュー

福井敬&スカレーラ デュオコンサート

(2009年12月11日 18:29)

紀尾井ホール  第88回グローバル クラシック コンサート

テノール 福井敬  ピアノ ヴィンチェンツォ・スカレーラ

プログラム

レスピーギ 最後の陶酔 
 欠けゆく三日月 
 霧 
マスネ エレジー 
グノー 夕べ 
ベルリーニ 追憶 
プッチーニ 太陽と愛 
 大地と海 
 偽りの約束 
   休憩 
武満 徹 恋のかくれんぼ 
 ぽつねん 
 死んだ男の残したものは 
 小さな空 
ヴェルディ 歌劇「オテロ」より 恥と悲しみに満ちて 
 歌劇「オテロ」より 私を恐れる者はない(オテロの死) 
プッチーニ 歌劇「トゥーランドット」より 誰も寝てはならぬ 
  アンコール 
  マリウ「愛の言葉を」
  落葉松 
  グラナダ 

いつも、福井さんのリサイタルを聴いた後、「今日のは今までの中で一番素晴らしい演奏だった」と満足して帰るのですが、その満足がまた更新された演奏会でした。

この演奏会は2007年に開催されたグローバルクラシックコンサートのアンコール公演です。前回は初めての共演ということもあって、二人の凄い音楽家の丁々発止のものすごい緊張感のある演奏でした。しかし、今回は、長年演奏を積み重ねてきたもの旧友のようで「あなたがそう奏でるなら、私はこう歌いましょう」とでも言うような演奏でした。

前半はイタリア、フランスの歌曲。こちらは、まさにスカレーラさんが自分の言葉でピアノで語ります。福井さんがそれにあわせ、外国歌曲の甘い陶酔にひたりました。特にベルリーニの「追憶」はとても色気のある演奏で、大人の歌の魅力がタップリ。これ1曲でも来たかいがありました。

後半は、日本歌曲と、オペラアリア。最初プログラムを見た時は、スカレーラさんなのに日本歌曲?とちょっと意外な感じがしました。「せっかくスカレーラさんなんだから・・」と思ってみていましたが、これが大発見。さすが福井さんの選択は素晴らしい。日本歌曲でも、武満徹さんのもの、つまり現代の曲なので全く違和感がありませんでした。

それどころか、「死んだ男の残したものは」などは大発見がありました。この曲は歌詞もメロディーも素晴らしく、聴いていると心に迫ってきて、思わず涙してしまう曲です。もちろん、今までの福井さんの演奏会でも聴くたびに泣いてしまいましたが、それが、あわせるピアニストによって涙の種類が違っていたのに気づいたのです。谷池重紬子さんとの時は、「死んだ」の死をイメージが強く、肉親の死、恋人の死など身近な人の死について思いをはせる事が出来るような熱い演奏。河原忠之さんのときは、同じ死でもそれを遠くから客観的に、静かに眺めているような感じ。淡々と迫ってくる白黒のドキュメンタリー映画の世界です。

そして、今回のスカレーラさんは「死んだ」がテーマではなく、「反戦の歌」でした。確かに、日本語のタイトルと、その英訳したものとは受ける印象が違います。きっと、スカレーラさんは、この曲をは反戦の歌として捕らえ、その思いをピアノに籠められたのでしょう。

それぞれにピアニストにあわせて歌われた福井さんは、それぞれのその思いを見事に引き受けられ、どの方の演奏も素晴らしい音楽。ひとつの曲でもこんなに違うのかと驚かされました。

後半の後半(?)は、2月に上演されるオテロからの有名なアリアでした。今までとはガラリと変わり、舞台が見え、オーケストラがなっているような感じがします。会場の空気までも変わってしまいました。オペラだと、その話の流れにつられて、つい雰囲気だけで聴いてしまうアリアもこのような演奏会ではじっくり聴けるのが嬉しいです。福井さんの真骨頂。オテロの苦しみが痛いように伝わってきました。

最後の「誰も寝てはならぬ」から、アンコールまではいつもの十八番の曲。気持ちよく盛り上がり、嫌なことも全て忘れてしまえるようなフィナーレでした。この日は、福井演奏会デーのお決まりの大雨。皆さんずぶぬれでしたが、そんな事も忘れ、終わった後は幸せな気分で帰れました。

 


読者の方から感想です。ありがとうございます。 

 

今回はレスピーギ作曲の歌を何回も聴いて予習して行ったので、最初から、歌の世界に入り込むことができました。音楽能力がないので、初めて聴く歌は一回聴いただけではどんな歌かわからないこともあり、事前に曲名を明かして頂けると、とても嬉しいです。そう言いながら、初めて聴いたベルリーニの「追憶」にうっとりして、突然体が溶けてしまった感覚に襲われました。心の中に引っかかっていた不安な事や、嫌な事や、クヨクヨしていた事も全部溶けて、リラックスして体の中を満たしているのは幸福感だけ。福井さんとスカレーラさんの美しくて温かい音楽と幸福感だけの完璧な時間を過ごすことができました。
オテロはDVDを持っているのですが、暗い内容でどうしても最後まで観ることができませんでした。
でも、福井さんのオテロの刻々と変わる心境の変化にぐいぐいと惹きこまれて固唾を飲んで聴きました。(イタリア語がわからないのになぜ、そのように思うのかはわかりません。)
こんなに人間ドラマとしてのオテロが面白そうだとは思いませんでした。福井さん主役のオテロのチケットを2日分購入したので今からとても期待しています。
アンコールは大好きな曲が3曲も続き、今回のマリウは謎めいた女性に感じ、「グラナダ」を聴いた時は心の中でガッツポーズでした!ありがとうございました。(Y)