コンサートは「歌曲」が入るので、また違う期待がある。 福井さんは、1996年『蝶々夫人』の初演版希少公演や、2000年代のびわ湖ホールヴェルディ日本初演作品シリーズの数々の大役、2010年代もさまざまな作品やヴァーグナーも歌われてこられた。先日の大阪国際フェスティバルの『サロメ』のヘロデ王でも、変わらない正確な歌唱と大きく響き渡る声が、まだ忘れられない。複雑且つ精緻な音楽が、奔流となって押し寄せるのが魅力のこの作品を、見事歌いこなされた。氏の高い次元の歌唱を注視して聴かせて貰った。
今年は溌溂とした名メゾ・ソプラノの清水華澄さんとジョイントコンサートとなった。プログラムは多彩で、R・シュトラウスと日本の歌曲で、8曲中6曲を福井さんが、2曲を清水さんというダブルで味わえる贅沢さだった。福井さんの“リート”についてのお話しのように、豊潤な言葉と音楽の凝縮芸術が感じられた。“リート”に限らず福井さんの子音母音の明瞭さも何十年と変わっていなかった。そしてお話しの丁寧さから福井さんの芸術への強い愛情と誠実さが伝わった。
第2部は、清水華澄さんと透明感ある美声の高橋広奈さんのミカエラが加わる『カルメン』ハイライトだ。名場面続きの中、「花の歌」の所にきた。METで活躍される名テノールでも、最後の高音は、聴く者のこちらまで固唾を飲んで、体が膠着するかのようになる。この時の福井さんは自然にすんなり高音を出されてしまわれた。ラストの2重唱は、切迫したクライマックスシーンを感じさせて下さり、さすがの長年の実力と貫禄に満足した。
ここまででも十分だったが、最後のアンコールの「落葉松」は、特に見事だった。日本歌曲の詩から伝えたい気品と人々の佇まいと風景が飛んできた。
歌手さんは、ここまでの域を極める音楽家・芸術家であると、敬意の念を新たに積み重ねた。
(奈良 M・S)